哲学者になりたかったが才能がなかった人の戯言
この世が不条理であることに気がつくと、人間は生きる気力を失うことが多いのかもしれない。
もし神が存在しないという立場をとるならこの世に明確な意味がないという結論に至るのは 必然と言えるだろう。
この意味のない、不条理な世の中でいかに自分らの手で生きる意味を見出していくそんな学問 がニーチェ以降の哲学であると思う。
人間が一番努力しなければならないこと、それは生きることである。
いままで、神が生きていた時代は宗教だとかないしは道徳だとかそういうものに従い無批判に 生きることは正しいことで死ぬことは悪いことだと思い込んできたのかもしれない。
さて、この世にいまのところ発見されている絶対的な悪は一つしか存在していなくそれは「他人の自由を侵害すること」 それだけだ。
これが絶対的悪なのはこれを絶対的な悪としないとそもそも社会的動物である人間の社会というものが成立しなくなるからで あり、これを悪としないと人間は人間でなくなるからである。
自殺が悪だと信じられているのは、ただ相対的に悪とされているだけで自殺が絶対的な悪だとする理屈は存在していない。
ただし自殺をすることになんの意味もない。
死んでも彼岸もイデア界も天国も地獄もなくただ無に帰するだけだ。
自ら死を選ぶということは生存特権を自ら手放すことに他ならない。
神が死んだあとの時代に生きる意味は人間自ら発見する必要がある。
神の力を借りずに人間の手自らで人生の意義を見つけることと絶対的と皆が納得できる正義の定義を発見すること、これが現代 思想の最大の課題だと思う。
哲学というのは実は現代もっとも重要な学問なのではないだろうか?
私は哲学の才能はないし、哲学というものに人生をかけて取り組む気はないが 哲学界の飛躍を期待したい。。